毎月第4日曜日は特別主日礼拝です。毎週日曜日に行われる主日礼拝は、主イエス・キリストの復活を思い、感謝しつつ行われるもので、そこで語られる言葉は常に「伝道」のためのものです。しかし、第4日曜日を特別な伝道の礼拝として、まだイエス・キリストを知らない人たちにはイエス様をより分かり易く、身近な存在として、また信者の方々にはイエス様の救いと愛をより一層確かなものとするために説教がなされます。

 礼拝後には短く茶話会を開きます。手作りのお菓子や飲み物を頂きながら、キリスト教音楽のお話を聞いたり、ギター伴奏で賛美をしたり、あるいは会話を楽しんだり、自由な時間を過ごします。どうぞ、お越しください。

 

<4月>

日  時: 2024年4月28日(日)午前10時15分〜

説 教 題  :「彼らだけではないのです」

説教箇所:エゼキエル書34章11~16節、ルカによる福音書15章1~7節

説 教 者  : 日本キリスト教会 西経堂教会 西田恵一郎牧師

 

 1匹の迷子の羊を探す羊飼いのたとえは有名です。このたとえ話の聴衆は罪人と呼ばれていた徴税人や羊飼いたちだけではありませんでした。そこにはファリサイ派の人々や律法学者たちという「立派な人たち」も居ました。イエスの話は彼らの耳にはどのように聞こえたのでしょうか。

 

<3月>

日  時: 2024年3月24日(日)午前10時15分〜

説 教 題  : 「愛は死んでもいいということ」

説教箇所:ホセア書14章5~8節、ローマの信徒への手紙5章8~11節 

説 教 者  : 日本キリスト教会 西経堂教会 西田恵一郎牧師

 

 

<2月>

日  時: 2024年2月25日(日)午前10時15分〜

説 教 題  : 「イエスの正体」

説教箇所:イザヤ書42章1~4節、マタイによる福音書17章1~8節 

説 教 者  : 日本キリスト教会 西経堂教会 西田恵一郎牧師

 

「正体」という言葉からはあまり良いイメージが湧かないかもしれません。「正体を暴く」とか「正体を隠す」など。本来の意味は「物事の本質(精髄)」です。「イエスの正体」へたどり着きたいのですが、そのためには「私たちの正体」も知る必要がありそうです。聖書から学んでみましょう。

 

 

 <1月>

日  時: 2024年1月28日(日)午前10時15分〜

説 教 題  : 「塵に口をつけよ」

説教箇所:哀歌3章28~33節、マタイによる福音書5章38~39節 

説 教 者  : 日本キリスト教会 西経堂教会 西田恵一郎牧師

 

 絵本『大きな木』(原書:“The Giving Tree”)と『君は何も言わなかった』という歌の歌詞から、深く愛された2人の登場人物を紹介します。彼らは何か大切なことに気づけませんでした。旧約聖書のイスラエルの人たちにも共通点があったのです。その「何か大切なこと」を考えてみましょう。

 

 

11月>

日  時: 20231126日(日)午前1015

題 : 「私のところに来させなさい」

説教箇所: 詩編823節、マルコによる福音書101316

者 : 日本キリスト教会 西経堂教会 西田恵一郎牧師

 

 人々が子どもたちをイエスの許に連れて来た時、イエスの弟子たちは人々を叱りました。それを見たイエスは弟子たちに対して憤られ「子どもたちを私のところに来させなさい」とおっしゃいました。イエスの憤りの意味は、そしてそこで何が起こったのでしょう。

 

 

<10月>

日時        : 2023年10月22日(日)午前10時15分〜

説 教 題  : 「心の貧しい人々、悲しむ人々は幸いか」

説教箇所:詩編56編9~12節

                    マタイによる福音書5章1~4節 

説 教 者  : 日本キリスト教会 西経堂教会 西田恵一郎牧師

  

 人は皆、幸福になりたいと願っています。よく知られている「山上の説教」も幸福について語っています。この説教の中でイエスは9つの状況にある人々を「幸い」と言いますが、最初の2つ「心の貧しい」「悲しむ」を始めとして、どれも「幸い」とは程遠い状況です。幸せとは何、またイエスの言う「幸い」とは何なのでしょう。

 

 

<9月>

日時     : 2023年9月24日(日)午前10時15分〜

説教題    : 「知らない、分からない。でも見える!」

説教箇所: 出エジプト記20章5~6節

                     ヨハネによる福音書9章1~12節 

説教者    : 日本キリスト教会 西経堂教会 西田恵一郎牧師

 

 イエス・キリストがこの世で生活を営まれていた時代、病気   特に生まれつきの病は病人本人かその家族が犯した罪の罰であると理解されていました。イエスは真っ向からこの考え方を否定しました。イエスは弟子たちに「神の業が現れるため」とおっしゃり、生まれつき目の見えない人を癒されました。この癒しを通してイエスは何を私たちに伝えようとしておられるのでしょう。

 

<8月>

日時  : 2023年  8月27日(日)午前10時15分〜

説教題 :「休ませてあげよう」

説教箇所: イザヤ書28章12節

      マタイによる福音書11章25~30節

説教者 : 日本キリスト教会 西経堂教会 西田恵一郎牧師

 

 「すべて重荷を負って苦労している者は、私のもとに来なさい。あなた方を休ませてあげよう」(マタイによる福音書11章28節、聖書協会共同訳)。ある英語の聖書は「私のもとに来なさい!疲労困憊・憔悴し、圧し潰されそうで、打ちひしがれている者たちよ。私があなたがたに休息を与えましょう」と記しています。「それは私のこと…?」と思う人は少なくないでしょう。あなたを休ませてくださるのは「私のもとに来なさい」と言われたイエス・キリストです。彼が与えてくださる休息とは、どのようなものなのでしょう。

 

 

春の伝道礼拝

日時  : 2023年  7月 9日(日)午前10時15分〜

説教題 :「心の飢え渇きを満たすもの」

説教箇所: 創世記2章18~25節

      ヨハネによる福音書 4章 13〜14節

説教者 : 日本キリスト教会 西経堂教会 西田恵一郎牧師

場所  : 日本キリスト教会 西経堂教会

 

 聖書は「パンへの飢えでも、水への渇きでもなく、主の言葉を聞くことへの飢え渇き」(アモス書811節)があると語ります。パンや水が無ければ人は生きてゆけません。しかし、聖書を通して語られる主(神)の言葉を聞かなければ生きられないと気づいている人は多くありません。 

「何かが足りない」「将来に夢や希望が持てない」「何のために生きているのか分からない」。これらは、「主の言葉を聞くことへの飢え渇き」が満たされていないために起きる「心の栄養不足」の症状かも知れません。
 この伝道礼拝では、イエス・キリストを信じれば、すぐに満腹になり、健康になる。そういう「うまい話」をするのではありません。ただ、渇いたあなたの喉に「私が与える水を飲む者は決して渇かない」とおっしゃったイエスの水をまずコップ一杯提供したいのです。