<説教の要約>

西経堂伝道所牧師 西田恵一郎

「福音は人によるものではない」

(列王記下6章17~19節、ガラテヤの信徒への手紙1章11~24節)

 

 パウロは彼が「告げ知らせた福音は、人からでもなく、人を通してでもない」と執拗に訴えます。理由は彼が先輩使徒から伝授された福音から逸脱している、また彼の説く福音は自分で考え出したものであると偽教師たちから非難されていたためです。彼は「誰か」から福音を聞いたのでしょう。しかし、それを自分に対する事実として受け取ったのは「イエス・キリストの啓示(隠されていた事柄が明らかにされた)を通して」(12節)でした。幼い頃からの宗教教育によりパウロは神に「ついて」は良く知っていました。しかし、神「を」知ってはいませんでした。そこへ、神自身が御子イエスを通して彼の中に入り込んできたのです。神は彼の心の奥深くを知っておられました。彼がどんなに神を必要としていたか、また神が彼を必要としていたかを神が知っていたのです。「啓示を受けた」と公言する人は少なくありませんが、真の啓示には生き方の一大転換が伴います。パウロにとってのそれは迫害者から宣教者への転換でした。やがて先輩使徒たちは「『かつて我々を迫害した者が、当時滅ぼそうとしていた信仰を、今は告げ知らせている』

と聞いて、私のことで神を崇めていた」(23,24節)のです。同じ神の恵みと力が私たちに今も働いるのです。私たちの生き方も、人々が「私のことで、神を崇める」というものにして頂けたなら何と幸いな人生でしょう。